クロガネ・ジェネシス

第27話 アマロリットの説得
第28話 シーディス召喚
第29話 置いてきぼり
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第28話
シーディス召喚



 ことの起こりは1週間前にさかのぼる。
 今回の亜人の襲撃をいち早く察知したのは、何を隠そうギンだった。彼はアマロリットのドレスを受け取りに行った時に小耳に挟んだ。
 亜人のグループが舞踏会に人間が集まることを利用して、人間を殺す計画を立てていることを。
 ギンは道行く亜人に手当たり次第にそのことを聞き、彼らがアジトとしている酒場を突き止め、話を聞いた。
 もちろん、ギンが力で彼らをねじ伏せて、計画そのものを潰すことも可能ではあった。
 しかし、その場で彼らを壊滅させたとしても、恐らくは同じことを、次の機会に繰り返すだけであるに違いない。
 だから、ギンは力でねじ伏せるより、彼らの心を挫き、人間を理解させることを考えたのだ。
 ギンはアマロリットにドレスを届けてからしばらく自分で考えていたのだが、自分1人の考えでは限界が来ると考え、アマロリットにそのことを話したのだ。
 アマロリットが出した結論は次のようなものだった。

 わざと彼らを襲撃させ、誰かがそのリーダーとなったギンと決闘をする。そして、ギンが敗北し、亜人達を弱気にさせたところで、アマロリットが彼らを説得し、人間のことを理解してもらうよう仕向ける。
 そのためには、ギンと決闘をして、倒せるだけの力を持った人間が必要だったのだ。
 同時に、城にいる兵士達に少しの間姿を現さぬようお願いする必要もあった。彼らが動き出しては説得どころではなかったからだ。
 アマロリットはギンと決闘する相手として、零児にこの話を打ち明けた。零児はこれを心より承諾し、タイミングを見計らって、シェヴァを使い、ギンの目の前に姿を現せばよかった。
 そう、零児がこの場にいるのは、決して偶然ではなかった。
 兵士の問題はマリナを通して可能になった。マリナの家系は王族と深い関わりがあり、ある程度の干渉力があったためだ。
 そして、亜人の説得に成功したと判断したところで、彼らを正式に逮捕し、罪を償わせ、人間のことを理解させる時間的猶予を与える。
 それが、アマロリットの考え。亜人を人間と同じ立場で考えるように仕向ける大がかりな仕掛けと芝居。
 それが、今回の事件の顛末だ。

「と、まあ。こう言うわけ」
 アマロリットはアルトネールと火乃木、アーネスカに説明し終えて一息ついた。
「ギンさん、裏切った訳じゃなかったんですね……」
 火乃木は自分より大きいギンを見つめた。
「あん?」
 ギンは視線だけを動かして火乃木を見た。
「アゥ!」
 火乃木は驚いて零児の後ろに隠れる。どうも、この亜人の目つきの悪さに、火乃木は慣れることができないでいた。
 が、同時に火乃木の疑問も解消された。零児とギンの戦い。どちらも本気で戦っているわけではなかったように思ったのだ。
 決闘は1対1で行うものだが、特にルールを定めていたわけではない。戦う前にロクにルールを定めずに行われる決闘は完全になんでもありなのだ。
 だが、零児は魔術を一切使わなかった。何らかの刀剣を作り出せば簡単に勝てたのだ。それが、火乃木の違和感だったのだ。
「だがギン。あの目つきはマジでビビったぜ。本当に殺されるかと思ったからなぁ」
「俺はマジで殺す気だったさ」
「嘘付け」
「ケッ」
 ギンはひねくれた表情で零児の言葉を意に介さない。それがギンのいいところでもあり、悪いところなのだと零児は思っている。
「まあ、なんにせよ、上手くいってよかったわ。これで……」
「何が上手くいって良かっただ!!」
 アマロリットがホッと胸をなでおろしていたその時、太い男の声が聞こえた。
 黒のタキシード姿で、羊の毛を思わせるような白髪。黒の超ネクタイに腹がかなり出っ張っており、ロクに運動をしていないのが見て取れる。
 年は4、50代の中年で、どことなく太った羊を思わせた。
 彼は怒りの形相で、零児達を睨みつけている。
「レイツェン伯爵」
 アマロリットはその貴族の名を口にする。
「知り合いなのか?」
 声を潜めて零児はアマロリットに問う。
「反亜人派の貴族の1人よ」
 アルテノスに住む貴族の中には、グリネイド家の亜人を受け入れようとする活動に消極的、または反対の貴族もいいる。
 むしろ、反対派の方が多いくらいだ。
 彼らは、亜人を邪悪で、危険なものと認識している。彼らは自分の領地に亜人を踏み入れることを許していない。人間と共に人生を歩むことを選択した亜人は、基本的に亜人に対して寛容な貴族の土地に住まわされる。
 その筆頭がグリネイド家だった。
「年に数回しかない舞踏会を、野蛮な亜人共の痴話喧嘩に巻き込むとはなんたることか!」
「痴話?」
「喧嘩?」
 零児とギンが呟く。人間と亜人は手を取り合えると考えている零児にとっても、人間であるアマロリットと共に人生を歩むことを選択したギンにとっても、レイツェン伯爵の言葉は許しがたいものだった。
「お言葉ですが、伯爵。彼らがいなければ、今回の襲撃を免れることはできても、次の襲撃で殺されていた可能性だってあったんですよ?」
 アマロリットはレイツェン伯爵と呼ばれた男に対して真っ向から言葉をぶつける。
「そんなことが起こらないよう、亜人など皆殺してしまえばよかろうに!」
「命を奪えばいいってものではありません! 彼らとて、私達と共に生きているんです。更正の余地があるのなら、そのような野蛮な手段に頼る必要はありません!」
「そのような綺麗事ばかり並べたって、我々人間が被害を被ったならば意味がないではないか!」
「人間だって、全ての人間が清く正しく生きているわけではありません! 無礼を働く人間だっています!」
「人間と亜人を同列に考えるな! 亜人は鬼畜畜生でしかありえん!」
「いいえ! そんなことはありません!」
「そこまでにしてもらおう!」
『!?』
 その時、またしても聞き覚えのない人間の声が響きわたった。舞台会の会場。その入り口に鎧と兜で全身を覆った男が立っていた。彼は兜の一部を持ち上げて顔を覗かせる。
「あ、貴方は……!」
 零児はその人物を知っていた。竜騎士《ドラゴン・ナイト》の講師を務めた老騎士だ。
「おや? 誰かと思えば鉄零児《くろがねれいじ》ではないか。竜騎士《ドラゴン・ナイト》の試験の結果はでたのかね?」
 いきなり現れて緊張感のない会話を始める老騎士。零児はただならぬ雰囲気であるはずのこの状況でありながら、とりあえず答えた。
「おかげさまで、合格しました」
「そうか、おめでとう。できればこの場で祝福の辞を述べたい所だが、今回は貴兄の合格の報せを聞いただけで満足するとしよう。それよりも優先するべきことがあるのでな」
「何があったんです?」
「残念ながら、その詳細をこの場にいる面々に伝えるわけにはいかない。が、諸君。聞いてほしい。理由は後に伝えるが、今は断じてこの城の外に出ないように願いたい! 事態は一刻を争う。収拾するまでの間、この場に留まるように!
 では、鉄零児。私も出撃しなければならぬ身なのでな。これにて失礼するよ」
 老騎士はホールへ続く扉を閉めて、その場から立ち去っていった。
 あまりにも矢継ぎ早に続く異常事態。貴族達も、零児達も、状況が飲み込めず困惑する。
「一体何が起こっているんだ……?」
 思わず、そんな言葉が口をついて出た。

 王宮の警護に割く兵士というのは、この大陸では以外と少ない。その理由は魔術による城の防衛施設が働いているからだ。
 王宮お抱えの騎士というのも、最近では少なくなってきている。アルテノスもその1つで、王宮の警備は基本的に門の前に兵士を数名配置するくらいになっている。
 元々水で囲まれているため、族の侵入は難しく、空から侵入しようとすれば魔術による結界で弾かれるのがオチだ。
 では、兵士の大半はどこに職を求めるのかというと、アルテノス全域の治安を守るための自治組織、治安ギルドにその身を寄せることが多い。
 アルテノス中央に位置する居城の周りは4つの建物で覆われている。
 南側に位置するのが、剣騎士《ソード・ナイト》ギルド。
 西側に位置するのが、魔術騎士《ルーン・ナイト》ギルド。
 東側に位置するのが、召喚騎士《サモン・ナイト》ギルド。
 北側に位置するのが、竜騎士《ドラゴン・ナイト》ギルド。
 東西南北それぞれの方向に位置する町を守るのが彼らの役目であり、時に協力して治安維持を図る。
 現在全てのギルドが総出で出動していた。理由はもちろん、大量発生したクロウギーンの駆逐である。
 火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》の亜人、ラーグと、双険のダリアの2人が暴れているのは南側、剣騎士《ソード・ナイト》が治安を維持している所だ。
 剣騎士《ソード・ナイト》達は、飛行竜《スカイ・ドラゴン》である、ガンネードを駆り、クロウギーンを掃討していた。
 そして、出会った。多くの人間を焼き払い、口から煙と炎を吐き出している奇妙な男に。言うまでもなく、それはラーグだった。
「おい貴様!」
 鎧と兜で身を固めた剣騎士《ソード・ナイト》8名で構成される剣騎士《ソード・ナイト》兵団。その隊長格である男が、セルガーナの上からラーグに刃を向ける。
「貴様……何者だ? この状況は貴様が作り出したものか?」
 この状況とは、辺り一面焼き払われた家々のことである。
「だったらどうする?」
「アルテノスにおける不穏分子として、排除する!」
「できるかな? おまえ等人間如きに……フハハハハ!」
 ラーグはこの状況すら楽しむかのように笑っていた。

  「おや? 人間が僕を殺そうというわけですか?」
 同じ事は別の場所、即ちダリアの元でも起こっていた。彼はまさに死体の山の上に立ち、自分達を囲う剣騎士《ソード・ナイト》達を見上げていた。
「貴様に酌量の余地はない。これだけの屍の山を築き上げたのだ。その罪、万死に値する!」
「へぇ、やる気なんだ……。いいよ。やろうじゃないですか。あなた方が僕を止められるかどうか、確かめてあげる」
 剣騎士《ソード・ナイト》達は構える。たった1人。しかし、ただ者ではないたった1人の敵を前にして、彼らは油断するつもりも、甘く見るつもりもなかった。

   その頃。アルテノスの北側。竜騎士《ドラゴン・ナイト》ギルドが治安維持を担当する町。
 レジーはその適当な建物の上で、またも召還の魔法陣を書いていた。
 クロウギーンを召還したときより、はるかに大きなそれは、見ただけで巨大な何かを召還しようとしているのがわかる。
 直径にして5、6メートル。それだけ巨大な魔法陣を使う魔術などそう多くはない。
「さあて、シーディス……あんたもそろそろ暴れたいでしょうからね〜。暴れる舞台を用意してあげるわ……」
 魔法陣を書き終え、レジーは嬉しそうに唇を歪ませる。
 数歩離れ、呪文を唱え始めた。
 クロウギーンの時と同じように、魔法陣全体が輝き始める。しかし、クロウギーンの時と、今唱えている呪文の内容は大きく異なっている。
 数秒の後、魔法陣は空中に浮かび上がる。そして、レジーの呪文が唱え終わると同時に宙に浮かび上がった魔法陣は一気に巨大化した。
 いくつかの建物を多い尽くすほどの巨大な魔法陣はさらに強い輝きを放つ。
 すると、魔法陣から、巨大な頭が生えてきた。
 それは竜《ドラゴン》の頭だった。そして、時間と共に、その姿はどんどん露わになっていく。
 そのフォルムはやや人間に近く、竜人《ドラゴニュート》を思わせた。
 肩、背中、翼、腰、足。全て合わせると全長がどれくらいの大きさになるのか、目測ですら予想ができない。それくらい巨大な竜《ドラゴン》。
 翼の部分には、大きな穴が空いており、飛行能力はどうやらないようだった。
『ヤットオレノデバンカ……』
 巨大な竜《ドラゴン》がしゃべった。口を利けるということは、この竜《ドラゴン》は亜人だ。
 竜人《ドラゴニュート》は知能が高い。しかし、人間と話しができるほどではない。しゃべれるということは、それだけで、人間の血が流れている。つまり、亜人であると言えるのだ。
「またせたわね。シーディス」
『アア……』
 シーディスと呼ばれた竜《ドラゴン》の亜人はレジーに答える。
『ミタトコロ、マチナカノヨウダガ……』
「いいのよそれで。さあ……」
 レジーは大仰に右手を振り、町全体を示す。
「好きなだけ暴れてきなさい。あんたにはそうするだけの力と、権利があるわ」
『フッ……ハハハハハハハ……! ソウカ、キョウハマツリカ』
 シーディスはそういうと、口を開く。
 青く輝く口内で発生した熱は、たちまち閃光となって大地に放たれる。
 瞬間、いくつもの建造物が真っ二つに割れ、大地に炎の筋が走る。
『ゴオオオオオオオン!!』
 シーディスは吠えた。
 この一撃でどれくらいの人間が死んだだろうか。そして、どれくらいの人間が恐怖におののいただろうか。
「いいわ〜シーディス! やっておしまい!」
『ゴオオオオオン!!』
 その巨体さはまさに歩くだけで驚異。巨大な竜《ドラゴン》の亜人は、さらなる破壊を広げるべく、アルテノスの大地に降り立った。
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